らんちゅうメモリアル
1,研究会初入賞魚(2002年産)
第12位(右の魚)


2003年3月の弐歳会より研究会に参加した。前年黒仔で広島から入れた画像の魚を持参した。
らんちゅうの自家繁殖を始めて2年目だったこともあり、自家産ではなかったが自分で育てた魚が
どこまで通用するか楽しみであった。
褪色直後は右のような姿だった。腰に難点があったのでその後の品評会には出さず種雌として使った。
我が家の広島系(下記6の魚など)の基礎を作った魚だ。
2,会でも種でも結果を出した魚(2003年産)
弐歳時 行司一、三歳時 取締二、四歳時 取締一
2003年8月に会長より導入する。4匹入れた中の1匹だったが、中でも一番小振りだった。
明けて二歳になっても仲々大きくならずしばらく放っておいたら夏を越して突然充実してきた。
見違えるほどの変化だった。
種雌としても、一昨年の西大関を始め昨年の役魚など我が家の重要な筋を作ってくれた魚だ。
3,会でも種でも結果を出した魚(2003年産)

弐歳時 脇行司一、三歳時 勧進元二
2003年青仔頒布会にて購入した魚。これも当歳時は鳴かず飛ばず。頭上がりとその独特な
形状に期待して我慢して飼育していた。残念ながら四歳児の夏に腸満で落ちた。
種雌としては2の魚に譲る。前頭止まりでどうしても役には入れなかった。この頭はよく出るのだが
腰と尾の改良が出来なかった。
4,初めての東大関(2003年産)

弐歳時 東大関
これは浜松から青仔で導入した中の1匹。兎に角成長力があって大きくするのに全く手の掛からない筋。
ただし当歳時は頭上がりが不満足だった。これは私の腕のせい。二歳になってグンと伸びた。それにしても
品評会チャレンジ2年目で東大関がとれて大感激した魚だった。残念ながらその年の冬に腸満となって
冬越し保たずに落ちてしまった。
ただしこの魚の同腹兄弟魚が我が家の浜松系の種筋として活躍してくれている。
5,当歳西大関(2005年産)


当歳時 西大関
上記2の魚の仔。画像では親骨が流れているように見えるが、実物はしっかりとしていた。
東と西でもめていたが、色の薄さで西になった。当歳時の出来としては自分ながら満足していた。
ただしこの魚は二歳以降全く大成しなかった。ほとんどこのままで終わってしまった。しかし代わりに
この同腹兄弟魚の中には二歳以降に伸びてきた魚もいて(画像右)らんちゅうの難しさを感じさせる。
6,親魚東大関(2004年産)


親魚の部東大関(2006年度)
広島×四国の系統魚。この腹も当たり腹だった。弐歳時(画像右)には勧進元二に入ったが、当歳時は
全く鳴かず飛ばず。ただ長いだけの魚だった。親魚を見て信じて飼い続けて良かった。
これの兄弟魚の仔が2006年度には二匹役魚に入った(下画像)。この筋は今年(2007年度)の交配Q組となって続いている。

